無記匿名の騒霊芳名帳

車窓の向こうには水田が広がっている。青々とした稲が風を受けてそよぐ、その中にぽつりとひときわ目をひく極彩色の小さな建物が見えた。
壁面に色とりどりの花の絵が描かれた建物の正体は「高校前駅」の待合室。電車は速度を緩めず、そのまま駅を通過した。ここには朝夕の通学時間にだけ停車するようだ。
そこからさらに、農道や住宅地に設けられた踏切をいくつか通過する。市街地に近づくにつれて沿線の風景も様変わりする。田畑の緑が減り、建物が増える。そして次第に空が雲りはじめ、『中央駅』に着く頃には灰色一色の空となった。
[まもなく 中央 中央 お出口は左側です 車両とホームの間隔が空いておりますので お降りの際は足元にご注意ください]

私達が降りた後、軽妙な発車メロディに乗って列車が走り去っていった。熱気混じりの湿った風が頬を撫でる。
雨に備えて旅行鞄から雨傘を取り出し、駅の出入り口から伸びる通りへ歩みを進めた。
旅の途中の、途中下車。具体的な目的は無くとも、見知らぬ街を散策すること自体に意義がある。

駅前の広場からまっすぐに道が伸びる。どうやら商店街となっているらしく、車道の左右に建物が隙間なく立ち並ぶ。閑散として人通りはほとんどない。平日の日中だから、それだけが理由ではないだろう。しかし、それでもかつては「中央駅」と商店街通りを中心に賑わいが広がっていたのだろう。
ここから見える範囲で、建物の大半はシャッターが閉まり時間貸し駐車場の「空」の文字が光る。その中でも喫茶店と美容院、それと雑貨屋が営業していた。
傍らを歩く少女は、きょろきょろと視線を動かして周囲を見渡していた。〝かみさま〟たる少女の眼から見ても、私と似たような感想が浮かんでいるようだった。
「ひとが、いないね。」
「しかし、街を活かそうとする動きはあるようですよ。」
歩道の脇、足場の向こうで建物を解体する音が響く。『再開発プロジェクト進行中』と書かれた看板には、「中央駅」の駅舎を中心に芝生広場といくつかの建物が淡い水彩画で描かれた〝イメージ図〟が添えられていた。
街もまた、そこに住む人々と共に生きている。古いものは古いままではいられず、時の流れによって代謝を繰り返すものなのだろう。

年季の入った『古着・古道具売り買いします』の看板が掲げられ、扉の開け放たれた雑貨屋。店先には、首から値札を下げた狸の焼き物と、傘が立てられた[かめ]が並ぶ。暖簾をくぐると、布の先に括り付けられていた鈴の束がチリンチリンと音を立てる。それに呼応して、店内の最奥、カウンターの向こうに座っていた店主らしき人物が一瞬首をもたげ「いらっしゃいませェ」と間延びした声を発する。
店内にはパッケージの日焼けした日用雑貨、着物や古道具、封の切られた痕跡がある蝋燭や中古の仏具などが雑然と並ぶ。
往年の映画ポスターやアイドルのブロマイドが陳列された棚には〝昭和アイドル・スタァ〟のラベルが貼られていた。店内の何処かから漂う不思議な芳香の先へ向かうと、そこには〝エスニック・オリエンタル〟の棚。箱に外国語の書かれた香や、木製の楽器らしきものが並ぶ。
その中で、白地に鮮やかな模様の入った陶器の髑髏[しゃれこうべ]が妙な存在感を放っていた。ほぼ実物大と言っていい大きさだったが、持ち上げてみると重量感がある。
「それですねェ、外国のお盆の飾りみたいなものなんだとか。」
いつの間にか、店主が背後に立っていた。
「確かに、異国情緒が感じられる紋様ですね。」
「いやァー、[ワタシ]もこれを買い取ったときに聞きかじったぐらいなんですけどね。向こう[メキシコ]の死者の祭り……といっても辛気臭いものじゃなくて、お祭りみたいに明るく騒がしくやる祭りなんだそうで。こういうガイコツとかお花とか、カラフルな飾り付けをするんですって。お盆っていうより、最近のハロウィンみたいなもんなのかねェ。」
「ふむ。死は悼むものではなく、敢えて華やかに祭るもの……所変われば風習も変わりますね。」
「でもガイコツってだけでなんか気味悪がられてね、さっぱり売れないんですよォ、アハハ! ところでお客さんたち、……親子かな。観光かなにかで?」
店主はチェーンのついた眼鏡を芝居がかって持ち上げ、私と〝かみさま〟の少女を交互に見比べる。
「【そのようなものです。ちょっとした小旅行ですね。】」
「じゃあ、お土産にコレはかさばるかなァ。あっちが絵葉書とかストラップとか、実質お土産コーナーみたいなものなのでよろしければそちらも見てっていただければね。」
「なるほど、冷静に考えてみれば確かにこれは荷物になりますね。どうもありがとうございます。」
陶器の髑髏を元の位置に置き、その近くにあった丸い手鏡を手に取った。片面が鏡面で、その裏には硝子板で作られた青い目玉がはめ込まれている。〝かみさま〟の少女が、興味深げに目線を合わせていた。
それから、店主の指さした先にあった〝お土産コーナーみたいな陳列棚〟に向かう。特産品の描かれたキーホルダーや風景画の絵葉書、煤けた色合いのペナントなどが棚一面に提げられていた。その中から風景写真と花の水彩画の絵葉書を取り出し、店主の待つカウンターへ向かった。
「はい、絵葉書4枚で200円、これが……200円。合わせて400円ね。鏡は一応プチプチ袋に入れときますね。はい、おつり100円。ありがとうございましたァー。」

店を出ると、ぽつりぽつりと雨がこぼれだす。傘をさして、しばらく歩く。
商店街と大通りが交差する、スクランブル交差点に出た。ここにも道路に面していくつかのビルが並んでいる。ある建物は、かつてショーウィンドウだったと思わしき場所に「貸しテナント」の貼紙がされている。その隣には『準備中』の札が下がった居酒屋。
周囲を見渡しているうち、頭上の歩行者用信号から信号が青になった事を知らせるメロディが流れはじめた。〝かみさま〟の少女が裾を引っ張り、進行を促す。
交差点を斜めに渡り、坂道を下ってしばらく進むと細い通りに出た。こちらは歓楽街のようだ。営業時間前だからだろうか、やはり人の気配は薄い。
坂道に沿って密集した建物が作る入り組んだ路地、歩道にせり出した雑居ビルの看板と建物の[ひさし]、路上に駐められた車、電信柱から伸びた架線。
その隙間から見える空は昼間だというのに暗く、低く垂れ込めた雲に覆われていた。
路地の奥から冷たい風が吹き抜ける。その風は、どこか腥さを帯びていた。

自転車を押しながら坂を登る、二人組の男性とすれ違った。声と身なりから、どちらも年若い学生のようだ。
「いつ通ってもいそう[・・・]で嫌なんだよなぁ、ここ。」
「まあ、全体的に建物も[ボロ]いしなー。いわくつき感はするよな。なにお前、幽霊とか怖いん?」
「そういうんじゃねえって。さっさと行こうぜ。雨降ってきたし。」
「はは、そうだよな。」
二人は冗談めかした口調で話しながら、私達に構う素振りもなくすれ違っていった。傍らの少女が、二人を目で追う。

《どうして》

路地の奥から、呻き声が谺する。
〝かみさま〟の少女が、首をぐるりと回して真正面を見据えた。
視線の先に、黒い霧がかかっていた。
「…………いる。」
先程の二人組には届いていない。この場で〝声〟をきいたのは、私達だけだ。
いそう[・・・]ではなく、いた[・・]のですね、やはり。」

地面に転がる錆びた自転車、閉業したスナックのものと思わしき看板、ベニヤ板の打ち付けられ「貸物件」の看板が掲げられた建物、車道に向かって斜めに倒れかかったコンクリート塀。
それらを横目に、時には道を塞ぐように倒れたガラクタを跨いで、路地を進む。
《どうしてみんな[]に気づいてくれないの》
男女複数の声が入り混じった、嗚咽と怨嗟の声が響く。
《あいつら馬鹿だからさ、[]とちがって》
路地の奥へと歩みを進めるたびに声の数が増える。
《かわいそうに》《[]のほうがかわいそう》
その最奥に、〝それ〟はいた[・・]

「ふむ。古典的な風貌、とでも言いましょうか。」
顔は黒く長い髪の毛で覆われ、表情を確認できない。白いワンピースから伸びる青褪めた四肢は、先端にかけて白く透けて風景に同化している。
ひと目見てこの世のものではないと解る、おおよその人が『幽霊』と言われて想像するであろう姿形のモノ。

《どうして》《どうして来たの》《今更何をしにきた》

複数の声が重なり、不協和音を響かせる。
「さあ、何故でしょうね。先ずは【みなさまのお話を聞かせていただきましょう】。」
途中下車の旅に目的が生まれた瞬間である。眼前のものが何であるかを見極めねばならない。それが声を聞いてしまったものの責任である故に。

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1.仕事から戻って玄関で倒れて死んでいた。住んでいた部屋は特殊清掃業者が片付けていった。『僕』の死を悼む人物はいないだろう。
2.どこかで恨みを買っていたらしい。後を尾けられて、人気のない路地に差し掛かった所で後ろから刺された。『俺』を殺した奴はおそらくまだどこかでのうのうと暮らしているだろう。
3.交差点に『私』を轢いた車を探してるって看板があったでしょう。20**年*月*日、銀色の****……
4.『わたし』みたいなのを社会的弱者っていうんだと。〝無敵の人〟になれればまだよかったんだけどな。
5.『ぼく』がかわいいからみんな嫉妬してるんだよね。『ぼく』の顔を殴ってもみんなはブスなままなのに、おかしいね。
6.『おれ』は教室で事故死したことになっている。遺書は握りつぶされた。学校の評判と彼奴等の内定を守るために。
7.あれは『 』のせいじゃない、上がやれって言ったからだ。『 』だってある意味被害者なんだぞ。そうだ、マスコミにチクるって脅せば……
8.まるで悲劇のヒロインみたいに『 』のことを毎日ニュースでやってるけど、じゃあどうして『 』が生きてるうちに助けてくれなかったの。

《どうして》
『僕』が殺されなければいけなかったのか、『私』ばっかりいじめられたのか、車の突っ込んできたあの場にいた『俺』が悪いのか。
《たすけて》
通りがかった人に助けを求める。足に縋ろうとして、身体ごとすり抜ける。誰も助けてくれない。
《どうして》
誰に聞いても、答えてくれない。
俺が私が僕がこんなに苦しいのに、自分を殺した奴等がクソ上司共がイキってるアイツらが、何食わぬ顔でヘラヘラと笑って悲劇のヒロインぶって生活しているのは、ずるいムカつく腹が立つどうして。
[]』、『[]』、『[]』の中で憎悪の声が反響する。

x.そうだ、全部あいつらが悪い、『 』は悪くない。

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「私は聖徳太子では無いのですが……。それでも、10人前後であればどうにか聴き取れるものですね。」
〝それ〟は、一塊の霊に複数の魂が集まっていた。ひとつの口から複数同時に発せられる訴えに目を凝らす。
年齢、性別、時系列、死因、生前の所業、あらゆるものがてんでんばらばらな死者の一団。
死因に繋がる物事だけが断片的に読み取れるが、それ以外の記憶は薄れつつある。
話を聞いてみた限り、唯一の共通点はいずれも「非業の死を遂げ、誰かへの恨みを抱えている」こと。
それは不幸な事故もあれば、表沙汰にされなかった事件もある。直接の因果関係は不明だが、ある種の被害者と加害者――例えば〝轢き逃げに遭った〟声と〝誰かを車で撥ね、怖くなって逃げる途中でハンドル操作を誤った〟声――すらも入り混じった、異様な存在となっていた。

坂道に沿って建物が並ぶ歓楽街の、下り坂の行き止まり。地理的に標高が低いだけではなく、霊脈の流れもここが行き詰まりとなっているようだ。
高みから低みに流れる雨水のように、彼等彼女等はこの人気[ひとけ]のない路地の奥に辿り着いた。
互いにそうだと知らぬまま、「現世に恨みを持っている」の一点で集った烏合の霊。その姿は、排水口に詰まった髪の毛の塊を思わせる。
群体であることを互いに認識できず、故に同時に喋る。自我が薄れている、故に自分以外が体験した不幸をも取り込んで憎悪を増幅させている。
そうして魂の塊たちは生前の姿をなくし、集合的無意識の下にある『幽霊の姿』を形作っていた。
「即ち、未練や恨みを抱え、悪霊となった[もの]たち……といったところですね。」
少女神が頷き、真正面に〝それ〟を見据え、視線が貫く。
太陽光が雲の隙間をすり抜けるかの如く、魂を有るべき所へ導く標となる光。それに導かれた幾人分かの魂が人型の霊魂から離れ、霧雨に溶けていった。

しかし、〝それ〟は未だ人の形を留めていた。そのうえ、どうやら今時点をもって私達を敵だと判断したようだ。
《どうしていじめるの悪いことしてないのに》《お前が悪い、『 [僕/俺/私]』だけじゃないのに》
《お前のせいだ》
明確に悪意を帯びた声の束、悪意そのものが荒れ狂う濁流となり私目掛けて押し寄せる。
ひらいた雨傘を眼前に掲げ、〝それ〟を一旦視界から外す。
《話を聞け。お前が悪い。》
「いいえ、私にも降りかかる[わざわい]を避ける権利ぐらいはありますので。」
虚空に符を刻み、謌を唱える。悪意に呑まれず、使命を見失わず、あるべきものをあるべき所へ還すための鎮魂歌。

〝それ〟は、見かけの上では一人の人間に見えるが、実態は集合体である。すなわち、見える通りの場所にいる[・・]とは限らない。
悪意を持った声、文字通りの恨み節をぶつけてくるのだから案外手強い。声は出鱈目な方向へ放たれたかと思えば四方八方に反響し、時に私の方へと飛来する。
口撃を傘で防ぎ打ち消すたび、薄暗い路地の中に薄紫色の光が炸裂する。光を浴びせられた〝それ〟は、苦しむような仕草をみせた。
《なんでこんなことするの》
「これ以上、貴方達のような者を増やさない為。ある意味では人助けです。」
《そうなんだ。もっと早く来てほしかったな。》
「こればかりはどうにも。私とて、見えるものしか見えませんので。」
もつれた糸塊を[ほぐ]すように、寄り集まった霊魂達との問答を続ける。「どうして」の繰り返しではなく、意味を持ったことばが帰ってくるようになった。
《そもそも、あんただれ?》
「通りすがりの伝道師。あるいは霊媒師、[かんなぎ]、霊能力者、そういった類の者。」
《ふぅん。カンナギってなに?》《なんか怪しいなあ。サギじゃないの?》
「霊感商法というのもあるそうですからね。真偽は貴方達自身でお確かめいただければ。」
《『 』は悪くない、この近くを通っただけなのに、急に目の前が真っ暗になって》《気がついたら、自分が目の前に倒れてたんだ。》
「……ふむ。霊障にあてられたのでしょうね、あなたたちは。」
無念の死を遂げた者の集合体。自らの手で犠牲者を増やし、その一部とする。悪霊らしい挙動と言えばその通りだが、何人が犠牲となったのだろう。

絡まっていた霊魂のいくつかが成仏するうち、〝それ〟の様子が変わってきた。
それまでの「白装束の無個性な〝幽霊〟」ではなく、老若男女の判別がつく形状へ変化する。それに合わせて同時に喋るのをやめ、ひとつの姿からひとつの声が出るようになった。
ただし、それが真に「生前の姿」と人格が結びついたものとは限らないようだ。

スーツ姿のサラリーマン風の男に見えるが、声と口調は甲高い少女のもの。
《お前、せっかく社会のクソゴミ共を殺ってあげてるのに、邪魔しないでよ。》
「無辜の人々を手に掛けて、〝やってあげてる〟とは。」
《ムコのヒトビトってどうせ何も考えてないヘラヘラ生きてるやつなんでしょ? 幸せなやつはみんなずるいから、かわいそうな『 』なんかよりもよっぽど悪いんだから》
それから子供の姿に変化し、老婆のような嗄れた声で喋る。
《お前、霊能力者だかなんだかしらねーけど、弱い者いじめで正義の味方気取りかよ。》
「成程、この期に及び弱者と僭称しますか。それに、何かを勘違いしているようですが……私は正義の味方などではありませんよ。」
それを聞き、制服姿の少女に変化して、男の声で喋る。
《正義の味方じゃないんだったら、お前は悪なんだ。》
「困りましたね。即ち聞く耳を持たない、と。」
余程生前の恨みが深かった者たちだろう。あるいは、古強者と言うべきか。これらがひときわ大きな憎悪の核となっていたようだ。
喋るたび姿形が入れ替わり、罵詈雑言を喚き散らす。

聞く耳を持たない霊を調伏するには、多少手荒な手法をとることもある。
「私にできることは、見て聞いて話すこと。それにも限度があります。」
少女神の背に顕れる、<眼>のかたちをした後背が紫色の六弁の花を形作った。それぞれの眼から放たれる視線は光束となり、悪霊たちを焼き焦がす。
《うるせえぞ___野郎》
《何し_がる、お前い_たい何_し_》

少女神の一瞥を受けた〝それ〟は大きく力を削がれ、輪郭が揺らぎ、言葉の端々に雑音が交じる。
《どうして、ど_していじめ_の、みん_が悪_のに》
顔を両手で覆い、涙声で話す。透けた両手の下では曖昧な笑顔がつくられていた。

「みんなが悪い、などと言いますが。そういうあなた達はどうなのでしょう。」
懐に仕舞った古道具屋の袋、その中から鏡を取り出して〝それ〟の眼前に翳す。

鏡の背面に施された青い目の文様。これは異国の邪視避けなのだそう。この鏡自体には、呪いの類が施された痕跡はほとんど感じ取れない。単に装飾として描かれたものだとしても、魔除けであることに変わりはない。
通常、幽霊や怪異の類は鏡に映らない。だが、魔除けの装飾が入った鏡に霊力を持たせればどうだろう。
「さて、皆様の目には如何なるものが映るのでしょうねえ。【鏡を御覧なさい。】」

反射した姿を目視した〝それ〟は、鏡面に向かって人ならざる怨声を浴びせた。声はそっくり〝それ〟の元へ跳ね返り、そしてそのまま砕け散った。
黒い霧が晴れ、あとには静寂が残る。聞こえるのは降りしきる雨音と、遠くに響く消防車両のサイレンだけ。

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薄曇りの空が黄昏色に染まる。雨はすっかり上がり、生ぬるく湿った風が吹き抜ける。
歓楽街の看板にはあかりが灯り、「中央駅」前も昼間と比べて格段に人通りが増えていた。
学生服や学校名の入ったジャージの集団、スーツ姿の社会人、大きな荷物を持った母子連れ。様々な人を乗せ、列車は走り出す。
乗客達はみな思い思いに過ごし、駅に着くたびに人が入れ替わる。
その様を眺めながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
「今日は思わぬ出来事がありました。時代は変われど、〝あれ〟のようなものは何処にでも起こりますね。」
傍らで車窓の外を見ていた少女神[かみさま]は、振り向かずに頷いた。
彼方の山裾に陽が落ちる中、列車は進む。
「たとえ人知れず命を落とした者がいたとしても……お天道様は全てを見ているものです。」

信号機や踏切、街灯の瞬く宵闇の中、列車は進み……やがて速度を緩める。
[まもなく 終点 さくらやまと さくらやまと お出口は右側です なお当列車は折り返し……]
「えーご乗車ありがとうございました、間もなく終点『さくらやまと駅』です、本日車内およびホームが雨で濡れて大変滑りやすくなっております、お降りの際は足元ご注意ください」
車内には私達の他にも複数の乗客が残っていた。なかには居眠りをしていた人もいたが、機械音声と車掌の声でぱちりと目を覚まして降車の支度をする。
駅の改札口を抜けると、涼やかな夜風が髪を揺らす。駅名看板に取り付けられた派手なピンク色の電飾の灯りは地面をも照らしていた。
「さくら山都[やまと]市、でしたか。随分と御大層な名で。」
目的地はここからさらに遠く、路線バスをいくつか乗り継いだ先にある。しかし、今日の最終便は既に出ていたようだ。ひとまずは駅前に宿を取り、翌朝の始発便で向かうことになる。

街の名は変われど、故郷の風は変わらない。