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1.
どうしてわたしを助けたのか。
最初に聞いたときは『ただのきまぐれ』だと言っていた。
今になって考えると、本当に運命とかそういうものではなく、『そうだった』のだろうなと思う。

小さい頃、幼稚園ぐらいのときのこと。道端でひっくり返っていたセミを見つけて、死んでいるのかとおもってつま先で小突いたら勢いよく飛んでいった。セミファイナル、セミ爆弾というあれを食らった。というのを、今突然思い出した。
これだってセミから見れば、ひっくり返って自分ではどうにもならないところに外から大きな力が加わって何故か助かったことになる。

2.
そこに至るまでのことはあまり覚えていない。人間は、強いストレスを受けると自分を守るために記憶をなくすことがあるらしい。
なんだか色々なことが重なって、とにかく気がついたらあの場所にいた。
靴を脱いで、揃えて置く。
テレビドラマで見たような気がする光景を真似してみたが、それにどういう意味があるのかはよくわかっていない。
理不尽な仕打ちとか、暴言とか、ほかにも色々な恨みつらみ。書き残すべきことはたくさんあったと思う。けれど、それもあまりよく思い出せない。
靴のそばに腰を下ろす。歩道橋の下を走っている車のライトが、なんだか川みたいだなと思った。
そこまでは覚えていた。

2-1.
探しています
チラシ。A4サイズの用紙に家庭用プリンターで印刷されたと思われる。
行方不明になった少女の顔写真と、通っていた学校の制服の写真、連絡先などが書かれている。
焼け焦げたような痕があり、全文を読むことはできない。


2-2.
20**/1*/**
(写真1 ░░県░░市、国道░░号バイパスに設置された歩道橋)
付近で発見された財布に入っていた身分証から、同市在住の░░░░(░░歳)のものとみられる。
また、近辺の道路で本人の名前が書かれた学生手帳が発見された。
(写真2,写真3 現場付近の防犯カメラ・トラフィックカメラ等の映像記録。本人と思われる人物が写っている)
同日に人身事故などの報告は無く、事故と事件の両面から捜査を続けている。

3.
知らない部屋で目が覚めた。
ずっと寝ていたようでもあり、少し気絶していただけのような気もする。
どういうわけか、助かってしまった。
身体はまったくどこも痛くない。でも頭がぼんやりして、眼鏡はかけたままなのに目の前が霞む。


「お目覚めですか。」
知らない声が聞こえる。目線を向けると、ソファーに知らない男の人が座っているのに気がついた。
なんだか明らかに怪しい。
あまりにも怪しくて、幻かなにかだと思って目を逸らしてしまった。
……もう一度そちらを見る。やっぱりいる。
部屋の中なのに季節はずれな黒いコートを着ている。怪しい。
「どちら様ですか。っていうかここはどこですか。なんでわたしを助けたんですか。」
とにかくわたしが今どうなっているのか知りたくて、疑問を一斉にぶつける。

「私ですか。名乗るほどの名前もなく……なんとでもお呼びくださいな。
此処は……さしずめ、此の世と彼の世の境界といったところでしょう。
そして、何故、でしょうねえ。ただの気まぐれといいますか、天命がそのように動いたというところですね。物語のはじまりには必ずそれにふさわしい体裁がある。それだけのことです。」

まったく意味がわからない。なんだかやばそうな人につかまってしまった。
でも、どうせ死ぬつもりだったし、たとえこの人が私を本当に助けたのだとしても、それとも邪な目的があったのだとしても。
これで最期なのだから、少しぐらいはそういうやばそうな人に付き合ってもいいんじゃないか。
今考えると、そういうことを思いつくその時のわたしは結構どうかしていたとおもう。

4.
「日本に昔あったという"紙芝居屋"はご存知ですか。」
唐突に話が変わった。

「名前だけは。流石に生で見たことないです。」
「ええ。彼らは自転車に紙芝居と駄菓子を積んで町を渡り歩く。広場に子供を集めて、紙芝居を読み聞かせることを生業としていました。
駄菓子は入場料のようなもの。子供たちはそれを食べながら話を聞くというスタイルが主流だったそうです。」
「……それがどうかしましたか。」
「私も、そのようなものです。」

「お金もってないです。」
「ええ、それは勿論。今はただ、寛ぎながら私の話を聞いていただければ。それが対価です。」

紙芝居屋のようなもの。

そして「紙芝居の話」を始めた。「紙芝居を始めた」のではない。
絵本の読み聞かせ、落語、吟遊詩人……の話。
というか彼自身も"紙芝居屋"よりそっちなんじゃないかと思った。

「ところで、紙芝居屋のようなものなので、ひとまずはこれを差し上げます。」
なにかを差し出してきた。
彼がいつの間にかマイクのように持っていたものと同じ、棒の先に半透明の丸くて赤い球がくっついているもの。
「これはですね、飴です。ザクロの味がするのだそうですよ。」
棒付きキャンディだった。でも、今はまったくお腹が空いていない。それに、知らない人から食べ物をもらってはいけない。


話を聞きつつ、部屋の中を見渡す。
わたしの寝ていたベッドのほかにあるもの。枕元のテーブルに薄明るい照明、ソファー、ちいさいテーブル、ドレッサー、作り物っぽい観葉植物。
ドアがふたつ。ひとつはサビた鉄の扉。もうひとつは妙にケバケバしい色をしている。適当に余ったペンキを塗ったような、雑なピンク色。
窓がひとつ。カーテンがなくて、しかも全開に開いていた。外は真っ暗で、夜だということしかわからない。
窓から外に出る?もしもこの部屋が高層ビルの最上階だったら、今度こそわたしは死ぬことができる。でも、今はそういう気分じゃなかった。
部屋の中にあるのはそれだけだった。

「今はまだわからなくてもよいのです。
それでは、おやすみなさい。」

4-1.
話を聞きながら、いつの間にか寝ていたようだった。

目が醒めてもまだ夜で、また同じ部屋だった。
悪夢を見ていたような気がする。学校のことだったかもしれない。
でも、起きたときには具体的な内容は忘れていて、「悪夢を見た」という記憶と具合の悪さだけが残っていた。
嫌な寝汗で背中に服が張り付いている。

「お目覚めですか。」
「……はい。」
鉢植えの植物を手入れしていたようだけど、造花の手入れをして何が面白いのかはよくわからない。


「顔色が宜しくないようですが」
「変な夢を見ただけです。大丈夫です。すみません。」
「そうですか。それならば心配ありませんね。」
ベッドから降りる。少しだけ立ちくらみしたけど、他におかしなところはなかった。

錆びた鉄扉のほうは浴室に繋がっている。
サイケデリックな色の扉は部屋の外に繋がっている。
わたしはこの部屋の外も含めて自由に出歩いてもよい。
寝落ちする直前に、そういうことを言ってたのを思い出した。


部屋の片隅に置いてある小さなドレッサーを覗き込む。
いつもより疲れている感じがするけど、いつもどおりのわたしの顔が映っていた。

さっきまでいた部屋と同じく、浴室も必要最低限のものしか置かれていない。
洗面台にも鏡がある。少し曇っているけど、やっぱり同じ顔が映る。

今までに起きたことを頭の中で整理する。
謎の部屋で目が覚める。変な話をする男。紙芝居屋。
一つ一つが唐突すぎて現実味が薄いけど、夢にしては感覚がリアルすぎる。

そういえば、カバンと靴がなかった。多分あの場所にあるんだと思う。
ケータイはポケットに入ったまま。でも、電池が切れていた。


5.
わたしが起きているあいだ、"彼"は色々な話をする。
物語や神話、ファンタジーとかSF。歴史、物理、数学……本当に色々だ。
大きな本棚の中を歩いて一冊取って読むような感じ、あるいはネットサーフィンで適当にリンクをたどっていったように、脈絡がなさそうな話を続ける。
脈絡がなくて、難しい話も多いけれど、なんとなく耳を傾けている。
「あらゆる世界は無関係なようで、必ずどこかに繋がりがあるものです。」
度々そういう言葉を口にする。よくわからないけど、そういう世界もあるんだなとなんとなく納得することもあった。

でも、どうしても話が難しくて、必ず途中で眠くなってしまう。
「続きは起きてからにしましょうね。それでは、おやすみなさい。」
申し訳ないなと思いながら眠りにつく。目が覚めると必ず夜で、その繰り返し。

ところで、わたしが寝ている間、"彼"は何をしているのだろう。
わたしの意識が途切れている間のことはわからないし、"彼"も何も言わない。
いまのところ、わたしが何かをされた様子は一度もないので、あまり気にすることは無いのだと思う。

5-1.
ある夜、ふと思いついたことが口に出た。
「なんだか、アラビアンナイトみたいですね。」
「ほう。」
「……そう思っただけです。でも、よく考えたらちがいますね。」
「ええ、そうでしょう。たとえ私の話が取るに足らないとしても、貴女は暴君ではなく、ゆえに私が首を刎ねられる心配は無いのですから。しかし、千と一夜の物語。ある種の相似が見られますね。
それでは、今日はその話をしましょうか。」

アラビアン・ナイト、日本語では千夜一夜物語。
昔々、ある王様が王妃の不貞を知り、王妃と間男を処刑した。極度の女性不信に陥った王様は、毎晩町の娘を娶っては翌朝に処刑する、というのを繰り返していた。
それがしばらく続いていたある時、大臣の娘が王の元へ向かう。その名をシェヘラザード。
彼女は王へ物語を聞かせる。話の佳境に入ったところで、「続きはまた明日」と切り上げる。王は話に夢中になり、彼女を処刑せずに翌日、また翌日と話を聞き……
やがて王は自らの悪行を反省したという話。
すなわち、"物語を語る物語"である。

「ということは、シンドバッドの冒険や魔法のじゅうたんの話のタイトルがアラビアンナイトってわけじゃないんですね。」
「アラビアン・ナイトにおける有名な物語ですね。原典には無かったと言われていますが……まずは、大枠の話を致しましょう。」

「アラビア語をラテン文字に転写してAlf Laylah wa Laylah。直訳すると"千夜と一夜"となります。」
指先をくるくると動かす。たぶん、アラビア文字を書いているフリなのだろう。

「"千"は"数多の物語"を示す言葉、大本の物語は282夜。そう、"千夜"もないのです。日本語でも、"八百万の神々"などという言葉があるでしょう。これだって、本当はもっと多いのですよ。
それが"まだ見つかっていない物語があるはずだ"と信じた人々によって物語が組み込まれていきました。
貴女の挙げたシンドバッドの冒険等もまた、後から加えられた物語です。

そうしてついには"1000と1つの物語が語られた"ことになった。
それに、原典には結末が無かったとも言われています。即ち、「シェヘラザードが聞かせた話」が282夜。それだけです。結末すらも後世の訳者たちが付け加えたものとされています。」

思ったより複雑な話になってきた。
"物語を語る物語"があって、そこに物語が組み込まれた、ということ。

「人から人へ語られることで、物語が変容することは珍しくありません。
話数が増えることもまた、そのひとつでしょう。」

眠くなってきた。流石にいつも寝落ちするのは申し訳ない気がするし、なにより面白そうな話が聞けそうな気がするのに眠ってしまうのは勿体無い。

「この物語達は、語られることで"千一夜"の名前に相応しい形となった、と言えますね。」

なんとか意識を保とうとする。ポケットから飴が出てきた。前にもらったあの飴だ。眠気覚ましにはなるんじゃないか、口に運んだところで、また意識が途切れる。

「続きは起きてからにしましょうね。それでは、おやすみなさい。」


5-2.
夢の中でも話を聞いている。
夢は起きている間に見聞きした情報を脳が整理するためのものである。という話を思い出した。
なので、脈絡がない話や突飛なストーリーが生まれることもある。

「因も果も、精算するまでは何が正しいのかわからないものです。
自信を持って選んだ選択肢が間違っていることもある。しかし、"選ぶ前から結果が解っている"ことほどつまらないものはないと思いませんか。横から口を挟まれようとも、盤面にある駒を動かすことができるのはあなただけ。
あなた自身の考えて選択したことであれば、それが悪い結果を齎したとしても後悔をする必要はないのですよ。
大事なことは、"考えて"そして"実行する"ことです。」

暗転。

6.
"彼"は時々、歌を歌っている。
その歌声は無機質で人間みのない、それでいて何故かずっと聴いていられる、不思議なものだった。

「物語をつたえるのに丁度いいもの、それが歌なのですよ。」
詞に節回しをつけて口ずさむ。"彼"の歌に続いて同じフレーズを繰り返してみる。
歌詞の意味はわからない。なんとなく日本語っぽいけど、外国の言葉のような感じがする。お経みたいだ。


7.
最初は部屋から出る気力が沸かなかった。部屋の外に対する興味も失われていた。
でも、今日はなんとなく気が向いて、"彼"にそのことを聞いてみた。

「扉の外は、また扉です。扉の並ぶ廊下が連なり、ひとつの建物になっています。」

部屋から外に出てみる。薄暗くて、緑色の光がところどころに灯っている。
ドアには部屋番号が書かれていたらしいプレートがついていたが、全て壊れているか文字が消えているかで番号はわからなかった。
まずは右隣の部屋。わたし達のいる部屋にそっくりの間取りだけど、家具がでたらめに置いてあって物置のようになっていた。
その隣。やっぱり似たような間取りで、ミラーボールがあって、壁紙が違う。
次。また似たような部屋。ブラウン管テレビがあったけど、画面が割れている。
ずっとこんな感じで、似たような部屋が続く。前に行ったことがあるカラオケボックスみたいだ。
いくつかの部屋を見て回るうち、階段がひとつもなくて廊下が坂になっていることに気がついた。
登って、降りて、ドアを開ける。隣。隣。隣。いろいろな部屋が続く。

最後にドアを開けると、"彼"がいた。最初の部屋……つまり、わたしたちのいる部屋に戻ってきた。
「そう、全ては繋がっているものなのですよ。この部屋のように。」

7-1.
ホテル「X」(A県) - 廃墟・遺構探検サイト「R.U.I.N.S.」

8.
新しいテキスト ドキュメント.txt

9.
「"外"に出てみませんか」
ある日、"彼"から唐突に持ちかけられた。
「外があるんですか。この場所に。」
建物の中にはたくさんの扉があった。でも、「外につながる」扉は一つもなかったはず。
窓の外にはなにも見えない。ずっと夜で、光のひとつも見えない。


「あります。貴女がそう望めば。」


9-1.
駅前通りのスクランブル交差点。ショッピングビルの壁に備えられた街灯ヴィジョンは一日中ニュースやCM動画流し続ける。
そこは早朝から深夜まで、絶えず人が行き交う。家路を急ぐ人もあれば逆に仕事に向かうという風体の人、あるいは観光客と思わしき大きなキャリーケースを引いた人もあり、実に様々な人が信号が青になるたび右へ左へと動く。

ひとりの少女が、雑踏の只中を進む。
黒髪に黒いセーラー服、その上に季節はずれな黒いコートを羽織っている。一見すると学生らしく見えるが、よく見るとどこかズレているように見える。
浮世離れした雰囲気でありながら、その足取りは確りと。少女はどこかを目指して歩みを進める。
誰かが声を掛けようとした。夜歩きを咎めようとしたのか別な目的か。それを無視して彼女はなお歩く。
街灯ヴィジョンでは流行歌のPVが流れていた。歩きながらそちらに目線を向ける人もあれば立ち止まって耳を傾ける人、あるいは歌に合わせて口ずさむ人もあり、しかし彼女だけはそれに背を向け、別な歌を口ずさむ。

スクランブル交差点の中で突然人が倒れる。あるいは見えないなにかに怯えたような様を見せる人もあり、そして「原因不明のまま多数の死者が出た」という記録だけが残る。
誰かの撮影した写真や動画にも、閃光しか映らない。
その事象はさまざまな憶測を呼んだが、ついに真実へ辿り着くものはなかった。

F.
「"物語"は、語り継がれる際に辻褄を合わせるために書き換えられることもあります。」

現実に合わせて書き換えられる。
時代の流れに沿って"不適切な表現"が。
読者の年齢に合わせ"刺激的な表現"が。
削ぎ落とされることで辻褄を合わせる。

願望に合わせて書き換えられる。
バッドエンドをハッピーエンドに。
語り手、あるいは作者自身の望む結末を乗せて。

「ならば、"物語"に現実が辻褄を合わせることも可能でしょう。」

暗転。

認識の灯が照らす走馬灯。
わたしを定義するのは私自身、それをきちんと認識することができた。
最早、だれかに進む道を勝手に決められることもない。


世界はわたしが見えている通りのものになった。
歌に乗せて、物語を語る。
それに耳を傾けるのは"彼"。
それ以外に、人の気配はない。

「観客がいなくなってしまいましたね。
それでは、そろそろ出発しましょうか。次は何処へ行きましょう。」
語り口はいつもと変わらずに穏やかだ。
"彼"には世界がどう見えているのか、わたしには想像がつかない。

「紙芝居屋のお話を思い出しますね。」
「ええ、街から街へ。物語を乗せて。」
「わたしのように"語り部"の才がある子がいるかもしれませんね。」
「そうですねえ。あらゆる境界はいつだって曖昧です。」

これは、わたしの話。物語を語る男の話。物語を授かった話。
世界は認識でできていて、その境界はいつだって曖昧だ。

『幻想怪奇千一夜奇譚』

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